LMU法医学研究所での基礎配属体験談
和歌山県立医科大学医学部3年
脇田 悦
私は基礎配属期間中の約1か月間、ドイツの南に位置するバイエルン州にあるLudwig-Maximilians-Universität 法医学研究所(以下「LMU法医学研究所」)にて基礎配属研修をさせていただきました。この期間にLMU法医学研究所において行っていたことについて紹介していきます。
LMU法医学研究所には28名の医師を含む約100名が勤務し、法医解剖、検案、生体鑑定、裁判所への出廷、研究等の業務を担当しています。特に法医解剖については、バイエルン州全体及びその周辺地域を担当し、年間約3000例が実施されています。多い時は一つの解剖台に5体の解剖が行われ、3台の解剖台があるため研究所内で1日に15体の解剖が行われることもありました。生体鑑定とは性犯罪、児童虐待を受けた方や傷害事件の被害者?加害者の診察により損傷のできた時期や程度、原因を医学的に評価する法医学の分野です。バイエルン州では生体鑑定に助成金を出して力を入れていることもあり、LMU法医学研究所のある法医学者の話によると給料の半分以上が生体鑑定から出ているということでした。またLMU法医学研究所に所属する法医学者は女性が圧倒的に多く、私のいた1か月の間だけでも2週間ほどの大きな休みを取っている方が何人もいたのがとても印象的です。
続いて研修内容を紹介します。毎日午後から解剖へ参加し、実際に解剖の手伝いをしながら様々な症例を見させていただきました。大きな出来事として、難民を乗せた車の事故がありました。9人乗りの車に23名のシリアとトルコからの難民が乗った車が警察に追われている最中に横転し、死者7名が運ばれてきました。難民の問題はヨーロッパにおいて深刻であり、最もホットな話題の一つです。現地の法医学者の方にお話しを聞いたところ、頻度は高くないがたまに同じような難民の移動中の事故があるということでした。解剖の他にもLMUの死生学の講義や警察の方への講義に参加したり、裁判の見学をさせていただきました。裁判の見学では1度法廷に足を運ぶ機会があり、とてもワクワクしていましたが、被告人?被害者?被害者の証人のいずれも時間になっても出廷せず、その日の審理は被告人を強制的に裁判所に出廷させる書類の発行を命じて終了しました。とても残念でしたが、日本では見られない光景であったし、当日に証言する予定であった法医学者の先生と裁判に関するディスカッションを行うことができ、よい経験となりました。また、これらの研修の間の空いている時間では研究所の過去の生体鑑定書類、剖検書類を見ることができました。そこで、和歌山県立医科大学の法医学教室における基礎配属期間中に多発性嚢胞腎を伴うくも膜下出血を死因とした突然死の剖検例を経験したことから多発性嚢胞腎と突然死の関係に興味を持ち、約10年間のLMU法医学研究所で実施された法医剖検例を対象として、多発性嚢胞腎を認めた剖検資料から年齢、性別、死因等について調査してまとめました。
またスイスからの臨床実習生やドイツの臨床実習生も解剖に参加することが多く、スイスとドイツ、日本の医学部制度の違いや自分たちの将来について話すことができたのは自分の将来像を考える上でもとても大きい影響を受けました。また、休日には日本人の母親を持つLMUの1年生にオーストリアの案内をしてもらい、実際のLMUの学生生活の話やヨーロッパの情勢について話を聞くことができ、同世代の医学部生からの話はとても興味深かったし、医学を学ぶモチベーションにもなりました。
最後に、留学に関して私が苦労したこと、得られたことについてお話します。LMU法医学研究所での全ての研修はドイツ語であるため、疑問に思ったらすぐに英語で質問しなければ何もわからないまま物事が進んでしまい、気づいたら何も学びを得られないまま終わってしまうことがありました。そのため研修期間中は、早く積極的にコミュニケーションを行う習慣が付けられました。もとから動きが遅い性格であったため、留学を経験したことで少しだけ動きが早くなったと感じていますが、これが継続できるように頑張りたいです。また、海外基礎配属だけでなく基礎配属全体を通して法医学に触れさせていただいたことで、死因を特定するために必要とされる知識の幅広さや社会との強いつながりから法医学がいかに魅力的な分野であるかを認識しました。日本では臨床医学とは少し離れたイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際は全ての医学分野の知識を必要とする、とても難しいですが面白い学問です。私は、法医学に関する知識も臨床に関する知識も薄いうちに留学に行ったために毎日必死に食らいつくことで精一杯となっていましたので、留学を希望される方はドイツ語も英語も法医学も基礎医学も早い段階から行動に移して学ぶことをお勧めします。
最後になりましたが、海外基礎配属のために忙しい中、働きかけてくださった近藤先生、法医学教室の皆様方、LMU法医学研究所のGraw教授、Lisa先生、研究所の皆様、そして国際交流センターの林さんをはじめとして、留学に関わってくださったすべての方々に厚く御礼申し上げます。この経験を糧に今後さらに精進してまいります。